これからはグローバルな人材を育て、世界で活躍できる人物にする!と言われ、この十数年若者たちは耳にタコができるほど社会の先輩方に期待を寄せられているのですが、英語が話せる日本人はどれほど増えたでしょうか。日本に住んでいると外国で働いている方は流暢に外国語を操り、現地の喫茶店でオシャレに一杯なんてイメージしがちですが、そもそも外国企業や国際社会が求める人材像に流暢な外国語というのはおまけ程度のようなものです。なぜなら、どんなに語彙や文法を学ぼうとそれを発揮できる自分がしっかりした答えや考えを持っていないと周りには伝わらないからです。
三菱商事会長の小島順彦さんは日本経済新聞の記事で、ご自身の海外赴任時に学んだ国際社会での教訓を語っています。その教訓は現地の共用語であった英語について3原則として語られてます。(1)流暢な英語でなくてもいい。(2)流暢に英語を話す人が必ずしも優秀とは限らない。(3)重要なのは自分の意見を持ち、議論の中でそれを主張できる力。これらの教訓から感じ取れるのはある意味外国語なんてしっかり学ばなくてもコミュニケーションは出来るということなのです。大事なのは萎縮せず自信をもって間違いを恐れず自分の意見を言うことです。
しかし、そうは言っても人間急にポンと自分が普段使っていない言語で意見を言ってみろと言われても対応できない人のほうがほとんどです。文法や発音の違いでとんでもない不始末を起こしてしまう可能性を考えると恐怖を感じるのは当たり前です。あくまで外国語を学ぶということはそうした自分の心をだれかに伝えるための道具にすぎません。だからこそ語学試験はスタートだったり通過点なだけでゴールではありませんが、自分に自信を付ける意味でも受けるのは正解だと思います。